大阪のベッドタウンで生まれ育ち、大学で建築を学んだ田中大也さんは、自身の理想とする働き方・暮らし方を求めて、大学を卒業後に地域おこし協力隊として松川町へやって来ました。田中さんが松川町に移住することを決めた経緯や現在の活動の内容、そして松川町での暮らしぶりについて、詳しく話を伺いました。
◾️ご出身と松川町へ移住した経験を教えてください。
私の出身は大阪府の北部にある寝屋川市という町です。電車一本で大阪市内にも京都にも行けるベッドタウンで、生まれてから大学を卒業するまでそこで暮らしていました。大学では建築を専攻していて、4年間丸々、建築学を学んでいました。
幼いころから魚つかみや虫とりが好きだったこともあり、自然素材に興味があったんです。大学1、2年生のとき、古民家に使われる土壁などの建材を研究している先生がいたんですが、その先生や院生の方々と一緒に古民家を改修する機会があったんです。授業以外の時間でそうしたものづくりをしていたこともあり、「ものづくりができて、デザインもできるような仕事ってないのかな」と思い始めました。
■松川町の地域おこし協力隊に着任した経緯を教えてください。
大学3年生のときに(神奈川県を拠点とする)「VUILD(ヴィルド)」という会社を見つけたんです。当時、VUILDの企画のひとつ・U35という若手建築家の登竜門的な企画展が大阪でも行われていたので見に行ったんです。そのとき、地域の素材を使って作り手たちが思い描いた形や暮らし方を提案しているところにとても共感したのを覚えています。3年生の終わりの春休みに、早速VUILDのインターンへ希望を出しました。
当時、松川町がVUILDと包括的地域連携協定を結んでいて、ShopBot(ショップボット)というデジタル木工加工機を導入するタイミングだったんです。導入先である旧松川東小学校へに搬入する際、組み立てや環境整備をVUILDのインターンとして手伝い始めたのが、松川町に来るようになったきっかけですね。
4年生に進級し、大阪に帰ってきてからもVUILDとはリモートでずっと関わっていました。その年の9月、VUILDの方から長野県松川町のMMM(Matsukawa×Makes×My life /通称スリーエム)プロジェクトの話を聞いたんです。MMMプロジェクトは、松川町の資源である森や果樹の木を使って自分たちの暮らしを作るというコンセプトのプロジェクトです。5年目を迎えていた当時、より具体的に活動していこうという動きがありました。そんな矢先に松川町の担当の方から「来年、地域おこし協力隊員を募集するために、有償でインターンシップ枠を用意します」という話を聞いて、地域おこし協力隊の前段階として、松川町へインターンすることに決めました。
インターンは9~11月の3か月間です。松川町の移住体験住宅に住みながら、旧松川東小学校へ毎日通いました。ShopBotでものづくりをしたり、松川町内にあるヒノキの森や公共施設を見て回ったり、地元の方と会ってお話したり、まさに“おためし移住”といった感じで生活していましたね。松川での生活をすんなり受け入れていましたし、なにより楽しく生活できていました。学生時代に様々な活動をするなかで、チームで仕事をしたいと思っていたので、「松川町の地域おこし協力隊ならそれができるかもしれない」と感じることができた充実した期間でした。周りは就職活動に奮闘していましたが、私自身は就職活動はせず、翌年、松川町の地域おこし協力隊に着任しました。ご縁をいただくことができたので町の担当の方や地域の方には感謝しています。
■地域おこし協力隊の活動内容について教えてください。
地域おこし協力隊としてMMMプロジェクトをメーンに活動しています。地域の木を使って人の役に立つものをつくる仕事です。松川町では林業に従事する人が少ないため、林業が盛んではありません。手が足りず伐採される量も少ないのですが、樹齢100年近くの立派な森はたくさんあります。上質な木材をより活用するため、MMMプロジェクトのShopbotを導入することになったと聞いています。これからはもっと町内産の木材、間伐材を活用していきたいと思っています。具体的な活動としては、図書館館などの公共施設で使われるものをつくったり、中学生たちと一緒にものづくりのワークショップをしたりしています。
地域の方々は、僕が「やってみたい」と言ったことに対して「どうにかしてやり方を考えよう」と柔軟に動いてくださって、本当にありがたいと感じています。
地域おこし協力隊の2年目から松川中学校の学生たちと「デジタル工芸部」という部活動を始めたんですよ。週に1回集まって、パソコンでデザインをして、Shopbotでものづくりをするという活動です。教育委員会の方々がいろんな先生に繋いでくださり話を通してくださって実現できました。
1年目は、中学校の全校集会で全校生徒に向けて募集して、8人の子たちが入部してくれました。活動をするなかで気づいたことは、ものづくりが好きな子が多いということ。松川町に住む人たちと一緒に何かしたくて、移住してきたので、地域に住んでいる子どもたちにそうした体験の機会をつくることができてよかったと思っています。
地域おこし協力隊の任期はもうすぐ終了となります。任期終了までに、役場のロビーのリニューアルを完了させる予定です。役場の方はいま設計の段階で、役場の方々と「どういうふうに変えたらよりよくなるか、訪れた人が使いやすくなるか」といった話をしています。
■田中さんが個人事業で立ち上げた「IKUTO Lab.」について教えてください。
地域おこし協力隊は任期が3年と限られているので、地域おこしを卒業したあとのことを考え、「IKUTO Lab.(イクトーラボ)」を立ち上げました。旧松川東小学校内に工房を構えて、地域おこし協力隊の活動以外の週1、2日の時間を使って、Shopbotを使ったものづくりをしています。事業は基本的に、“個人のためのものづくり”がメインなんです。
地域おこし協力隊では公共に準ずるものづくりが多いのですが、個人の方からも「こういうのを作ってほしい」と声掛けいただくことがあるので、それはIKUTO Lab.で受けるようにしています。たとえば近所の方の椅子を作ったり、看板の制作をしたり。近隣市町村の事業者の方と一緒に、プロダクトの開発を行なうこともありますね。協力隊を卒業した後は、仕事の柱のひとつとして、この事業を続けていきたいと思っています。
■松川町でのくらしについてはいかがですか?
松川町に来る前は独身だったのですが、こちらに来て良い縁があり、結婚したんです。いまは妻と子ども3人、犬1匹と暮らしています。いま暮らしている家は妻が仲間たちとセルフビルドで作った家なんですが、結婚前、妻が飼っていた犬用の小屋をDIYで一緒に作ったことがきっかけでグッと距離が近づいた気がします(照)。
家が結構山の中にあるので、夏の間は草刈りばっかりしていました。地区や保育園の草刈りもありますし、家の庭も1~2週間に1回は草刈りしないと飲み込まれるような勢いなので(笑)。ここに来るまで、ビーバー(草刈りをする機械)を使ったこともありませんでした。バイクにも乗らないので、エンジンのかけ方もわからなくて…(汗)。基本的なところを学びながら、楽しんで山の暮らしを楽しんでいる自分がいます。
冬は、暖を薪ストーブでとるので、夏の間に薪用の丸太集めをしています。今年は松川町内のある農園さんが梨畑を伐採するということで、再来年の薪として使うために、妻と2人で梨の木を伐って運んだりしました。さきほどもお伝えしたように、セルフビルドの母屋は完成していますが、デッキや薪棚など作らなきゃいけないところもまだまだあるんです。休日は、薪集めしつつ、草刈りしつつ、DIY進めつつ、という感じで生活していることが多いですね。山の暮らしってかなり忙しいので休む暇もなく、充実した時間が過ぎていく、という感じですかね。
■初めて松川町を訪れたときに感じた印象は?
町の人がすごく穏やかだなと思いました。実際に住み始めてからも、第一印象通りでしたね。僕の地元の大阪はコテコテな人が多いので(笑)、こちらに来て新鮮に感じました。
あと一番印象的だったのは、上片桐の山奥の林業地を見た時ですね。皆伐という、森のある斜面がすべて伐採された場所があるんです。そこはすごく開けていて、人の気配がまったく感じられなくて、視界にヒノキの森しか入らないという環境。「この森は、すべて人が今まで植えたり使ったりしてきたんだな」と思える、なかなかいい景色なんです。インターンのときに連れて行ってもらった場所で「これは住んでみたい!」と思いました。
■住み始めてみて実感した松川町の魅力は?
気軽に山暮らしができる場所、というところでしょうか。
僕が感動した西側の山に関しては、林業地なので人がほとんど住んでいません。ただ反対側の生田地区は、森に囲まれていますが、割と人が住んでいる。川も近くて、山も近くて、動物ともよく遭遇します。倒木があって停電するなど大変なこともありますけど、自然の近くで暮らしたい人にはすごく合っている場所ではないかと思いますね。にもかからず、車で15分もすれば街の中心地に降りることができます。そうなると、山暮らしと言っていいのか怪しくなってくる気もしますが(笑)
松川町に来て想定外に嬉しかったことは、年中なにかしらの果物を食べれること。春のブルーベリーやさくらんぼから始まって、モモ、ブドウ、そこから長くいろんな種類のリンゴが出てくるなど、ずっと旬の果物があります。しかもめっちゃ美味しい。正直りんごは全然好きじゃなくて実家ではほとんど食べなかったのですが、こちらに来てからよく食べるようになりました。僕は仕事で木材という森の恵みを受けてますけど、それ以外の自然の恵みが近いところにあって、それは大きな松川の魅力ですね。これからも家族5人と一匹で山暮らしを楽しんでいきたいと思います。
(この記事の内容は取材当時のものです)